期待をしすぎる。それが淡い期待でしかないことはわかっているのに期待をしすぎる。元上司は警戒心が強いが、優しい。しかし押しは強くない。強く出ることをためらう。それは自分が優しさを利用されるのが嫌で一瞬ためらうことからくる後ろめたさだろう。よくわかる。利用されるのはいやだから、利用してると思われるのがいやなのだ。もうすこし好意的な見方をするのであれば、優しい人だから、相手の煩わしさも想像して強く出られないのだ。知っている。だから淡い期待でしかない。
僕の世界に光を投げかけた人が、あの整然とした世界を持ち、それを淡々と明快に語ることができる言葉を持った人が、この場を離れようとしている。今日こっそりと聞こえた会話の中で昇進するらしいときいた。でも彼がその世界を最大限に活かせる今の場所から離れることは確かで、僕がその世界を垣間見ることのできる機会も同時に失われる。あの世界観で、明快で確固としたポリシーを持って構築されていたひとつの空間が失われようとしている。僕は。


少ない残り時間の中でまたあの世界を見たいと願ってやまない。だから僕は淡い期待に過剰な期待をかけている。その期待はおそらく裏切られるだろう。彼がいなくなってから僕が戻ることはあり得る。その方がよっぽどありうる。でも。それじゃ遅いんだ。泣きたいような気持ちで僕は背を向ける。自分の願望を押し込めて、ねじ伏せる。僕の願望はただのわがままでしかないことは知っている。でも僕は見たいのだ。みたかったのだ。もう少し、見ていたかったのだ。その先にあるものを、その道のりを、その光を。