何気なくその背中を追いかけていた。どこにでもいる風のひとだった。電車から降りたらすぐにイメージもろとも消えてしまうような、そういうどこにでもいる風のひとだった。目で追いかけていたのも暇だったからだ。
地下鉄の電車の窓ガラスは鏡になっている。そのひとは少し前髪を触って前と寸分もたがわない状態のまま手をまた吊革にかけた。顎をそらしてつり広告を何とはなく見上げる。それもすぐにやめてぼんやりと視線を漂わせる。また、窓ガラスを見る。
静かに流れはじめるアナウンスに電車内の空気がざわついた。ような気がした。轟音、それからそのスピードで走っていたことに気づく力がかかりゆっくりと光がさす。鏡が消える。
(……あ)
待ち人に手を振る、その横を彼女が通り抜けて行った。空気が少し揺れて、背中が人ごみの中にまぎれて消えていく。雨のにおいをまとった人々と空気が押し寄せてくる。