二年前の僕の言葉をすくい上げてくれた人に、ありがとう。

病院行ったらあまりよくない検査結果が出て経過観察ということになった。それ以前から仕事がすごい忙しくて完全に体調がおかしくなっていた矢先のことだ。悲観的になるほどひどくはない。けれども楽観的になるほどでもない。宙ぶらりんな結果。仕事は現在煮詰まり中。これは病気とは全く関係ないんだけれども。加えて胃炎微熱ときてどうも優れないな、と思っていたらだんだん起き上がれなくなってきた。今日の帰り道は気付いたら泣いてた。

楽しいこともあるんだ。笑うこともできているんだ。だけどどんどん何か深いところに引きずり込まれていくような気がしている。少し上昇したと思ったら、また次の波が来て、そして以前より落ちる。その繰り返しでどんどん下降している気がする。楽しいことを現実逃避にはしたくないし、体調の悪さを言い訳にしたくはないけど、誰になにを言われても励ましのメールをもらってもなにをしても責められてるようにしか感じない。もう無理、もうだめ、そういいかけるのをこらえて無理やり笑ったらなんだか大丈夫な気がするんだけど、誰かいればそれだけで大丈夫な気になるんだけど、だけどその代わり些細な反応に落ち込んで、落ち込んでる自分に落ち込んで…そして人寂しい。誰かに会いたい。誰でもいいわけじゃないけど、迷惑だろうということはわかってるけど、そうやって依存したくなんかないんだけど、だけど。

辛いよ。

もういい。金を払ってるんだから何でもする気があるんだろ,やる気だけはあるんだろってそういうのはもうつらいもう無理だもうやりたくない。つらい。つらすぎる。死にたくてしょうがない。しょうがないけど行動に移すのも面倒でいいことにぶら下がってしまいたくてしょうがなくてつらい。体調だけじゃないよ,それはきっかけになってるけどそのまえからずっとずっとずっと続いてきたことだよ。わかってるんだ。本当は。何が原因か。全然消化して内省だってことくらいわかってるんだ。何をやっても責められてる気がするって本当に。どうにかしないと。

一度はやっているのに,それよりはましだと思ってたのに,どうにか切り抜けられると思ってたのに,だけどできない。できない。できない。無理な気がしてきた。死にたい。

最初に医者に行ったときわたしも同じようなこと云ったのまざまざと思い出した。
「好きなことも楽しいこともあります、大丈夫です」。医者は「ムリ。薬飲まないと死ぬ」て云った。プロは、クライアントの云うことを注意深く聴くが鵜呑みにはしない。一件冷静にしゃべっているような言葉の端々、顔つきや、全体の「雰囲気」の全体で診断しているはず。

誰でもいいわけじゃないけど、迷惑だろうということはわかってるけど、そうやって依存したくなんかないんだけど、だけど。

甘えて、依存して、弱音吐いたらいいよ。弱くなったら、弱い人のことを許せるようになる。
じたばたすることで一時的に、周囲の人が減ったり、環境を変えざるを得なくなったりして、そのことが更に動揺を煽るかもしれない。けど、増田が、誰か他人の人生に責任を取れないように、他の誰かも増田の人生に責任を取ってくれる訳じゃない。残るのは自分自身だけだ。だから、目の悪い者がメガネをかけるように、脚を怪我した者が杖を使うように、人に、環境に、薬に、頼れ。そして、離れる人、変わるものを繋ぎ止めようとムリをするな、ただ「縁」だと思って行かせてやるといい。持ち直したときに、自分の居る場所、ともに居る人が、また見えるよ。だから命だけは落っことさないように気をつけて。

亀レスですまん。帰るの遅かったんだ。
辛かったんだろうな。今もきっと辛いんだろうな。きっと、休む時期なんだと思うよ。「周りに迷惑をかけたくない」っていうのは、体が「休みたい」って言ってるのを実は認めてるんだってことに気づいてる?
周りの人は結構頼りになるよ。実体験から。辛いんだって正直に言ったら、きっと全力で増田のことを助けてくれるよ。
自分も最初はプライドと抵抗があって、「うつ病」と診断した病院には二度と行かなくて、三件目で「あなたは"うつ状態"なんですよ」と言ってくれた病院に通って、半年で寛解した。会社休んだのは1ヶ月くらい。有休と代休使ってお釣りがくるくらいだった。
増田に、最後の日にその医者が言ってくれた言葉を贈るよ。
「自分を大切にしてください。自分を大切にするのと、甘やかすことは違います。どうか、幸せになってください。あなたが幸せなら、周りの人も幸せになります。自分にやさしく、そして、人にもやさしくしてください。」

いま一人でがんばっていて、辛い増田に、暖かい幸せが訪れますように。

二年かけてもまだ元には戻っていないけれども。でも悪くはない。悪くはないんだ。