手を伸ばしかけたところで記憶がよみがえる。対面した相手のさらに後ろで記憶のあなたが手を振る。僕はぎょっとして立ち止まり、それから立ち尽くす。あの記憶のかけらは散り散りに砕け散ってしまったからどこに残っているのか、未だに僕は予期できない。割れたガラスの散らばる床を裸足でそうっと歩いていても時々鋭い切っ先が足の裏を抉る。僕はただ、立ち尽くすことしかできない。

泣きたくなって僕は首を振る。僕はもう誰の手も握れないことを知っている。そのあたたかな指がまだ記憶の中にはっきりと残っているから、誰かのあたたかさに触れるたびに鋭い痛みが走る。その一つ一つ、僕が得ることのできなかった、そして欲しいと願っていたいくつもの些細な積み重ねがあの日々の中にはあった。誰かに見送られるということ、誰かの庇護の対象になるということ、誰かに心配され、手を差し伸べられ、ただ甘えるということを僕は欲していただけなのだろう。どこまでも醜いエゴだけで。それは僕にとってはひどく優しく甘くずぶずぶに腐っていくような感覚とともに手放したくない強烈な何かだった。それが相手にとっても同じだったと僕は思わない。そこは日だまりではなかったしいつまでも浸かっているわけにはいかない湯の中であることも僕は知っていて、でも引きはがされるのは何物にも代えがたい苦痛を伴ったことも確かだった。あの日から僕は死んでいるし、これから息を吹き返すこともないだろう。夏の空を彩る花火のようにいつかは消えていく一瞬のきらめきだったことを僕はどこかでわかっていた。その色があまりにも鮮やかすぎて忘れられないだけなのだ。