知らない場所にはいつもフィルタがかかったように薄闇が下りている。僕はおどおどしながらその中を覗き込み、自分が入りこめそうな人の視線の死角になる場所を探す。薄暗いそこは冷え冷えとしていて、手も足もかじかんでしまう。


すっかりそんな気持ちも忘れて靴を脱ぎ、僕は野菜をもむようにキーボードを叩いている。慣れ親しんだ人にメールを送るのは不思議な気持ちがする。すぐ後ろにいればその不思議な気持ちは湧き上らないのに、ずっと遠くにいて顔も見えない、慣れ親しんだ人に送るメールの文面はぎこちなさに縮こまっている。まるで知らないところへ来たばかりの僕のように、薄暗がりの中で身をちぢこめて愛想笑いをしている。そこはいつも通り何の変哲もない白いエディタの上なのに。
用件を書き、足りないかな、と首をひねって"#"から始まる一文をかきたす。昔誰かがそうやって僕にメールを書いたから、僕もちょっと付け加えるだけの言葉をはさむときはそうするようになった。不自然に他人行儀にならないように言葉を柔らかくして、僕は椅子に背を預け、もう一度ためすがめつそれを眺める。大丈夫と思うには少し時間がかかる。勇気を持って送信ボタンを押すと、がっかりするほどの手ごたえのなさとともに受信画面に戻ってしまうから少しだけ余韻を楽しむ。


お茶を入れに行って戻ってくるともうメールは返ってきていた。不必要に他人行儀ではなく、かといって馴れなれしすぎでもないちょうどいい距離感のメールの中に、ぼくがそうしたように"#"から始まる一文が、ひかりを受けて輝くひとひらの花弁のようにはさみこまれていて、僕は唇を緩める。そのメールは少しさびしそうで、いつも通り優しくて、そして少しふざけている。僕は両手でマグカップを包んで小さく笑いをもらす。薄闇は笑顔とともに吹き飛んで、いつも通りの白いエディタの中で文字が黒々とうきあがるのを僕は満足な気持ちで眺めた。