鼻声でまだ帰らんの、と彼は言った。その言葉が終わるのとほぼ同時くらいにお疲れさまでーすと言った僕に掠れた笑い声をあげる。風邪ですか、と僕は気遣っている風の言葉をかける。
忙しいのか、と僕の珍しい言葉を無視して彼は言った。僕は無茶ぶりがひどいんですよー、がんばらなくていいとかそんなに遅くまでやらなくてもいいからとか言いながらがんがんメールが飛んでくるんですよ、しかも設定ファイル見ようとしたらログインしたまま帰っちゃったみたいで見れないし。キルするしかないやろ、得意のキル、と彼はマフラーを巻きながら言う。きる、と僕は繰り返す。
いつもこの時間まで残っているメンバーは同じだ。後ろで一生懸命新しい言語を覚えようとしつつも投げやりになっている声を聞いていると、一年くらい前のことを想起する。あの煮詰まり具合が不機嫌そうな声に思い出される。
あ、死んでる、と僕に無茶ぶりをして帰った人のまねをして彼は言った。僕は思わず声を立てて笑う。
風邪引いた、と彼は鼻をすすりながら言った。僕があれ、という顔をして沖縄にいってたんじゃないですか、と問うと彼は違うわと大きな声で返した。笑う。他愛もない話。そうやって毎日は繰り返していく。少しずつ前に進みながら平穏な日々が。