しっくりこない舌

帰り道に思う。親子丼が食べたい。あったかくて少し甘目で、卵がふわふわしているやつ。僕はその味を頭のなかに思い浮かべ、うんそうしようと家路を急ぐ。冷たい風に頬がさらされ、半分夢見心地で僕は歩く。
でも、台所につくとその心地を僕は忘れてしまうのだった。冷蔵庫を開けた瞬間に僕は思う。野菜をたくさん食べなきゃいけない。そろそろほうれん草がしなびてきているから片付けないと。卵、最近高くて困るな。糖分多めはよくないな。手は勝手に動き、理性がそれにあとから言い訳をする。出来上がったそれはまぁ、まずくはないのだが、帰途僕が思い描いていたそれとは異なるのだった。
頭と、心が乖離している。理想と、現実が乖離している。


これはいつからだっただろうと僕はぼんやりとおもう。いつから、僕はこの乖離をなんとも思わなくなったのだろう。少なくとも一昨年までは僕は塩のひとつまみさえも少しずつ調整し、現実を理想に合わせていくのを楽しんでいたはずだった。指が覚えているままに放り込んで、味わいもせずに飲み込むなどということはしていなかったはずだった。少し違えば、違うと口にしていたはずだった。いつからだろう。こんなに、粗雑に自分を扱うようになったのは。
一年前を思い出そうとして、僕は唐突に得心する。


孤独がまだ、体の中で生きているからだ。