長く書くことは簡単なのだけれども、時々試してみたくなる。

1.

七時五十七分に目が覚めた。

2.

あとほんの二歩で時計の針は八時に到達しようとしている。

3.

何度目かのアラーム音に目を開き、機械のように正確な動きでそれを止める。耳障りな電子音が消えてようやくほっと一息ついたところで、霞んでいる視界の向こうを見遣ると、うすらぼんやりとした影の中にそれが見える。時計だ。ほとんど八時に見えるが、長針にはじっと目をこらさないとわからないほどわずかに傾斜がかかっている。

4.

目覚まし時計は七時四十六分。三十分から四分ごとに計五回止めたから確かにその通りだ。呻きながら時計を見上げるとほとんど八時を指している。なんてことだ。十四分も進んでいるらしい――

5.

静かなノイズにゆっくりと意識が浮き上がってくる。頭を枕からもたげ、だがまたぱたりと臥して大きな欠伸をする。空気がさっぱり入ってこないせいでいまだ目覚めない頭ではあるが、いつもの習慣がちりちりと警告音を鳴らしているから、きっともう起きるべき時間なのだろう。小糠雨の降る日は寝覚めが悪い。目をこすりながら、壁際の時計へのろのろと視線を押し上げると、八時――たぶんきっと二分くらい前だ。あと五分、と訴える心を天秤にかけながら、枕元の携帯電話に手を伸ばす。

6.

悲鳴ともつかない声とともに布団を蹴飛ばして夢も一緒に布団の中に折りたたむ。なぜ目が覚めなかったのだろう。昨日夜更かししたからだろうか、それとも最近疲れているからだろうか。頭の中にある、まだじんわりとしびれるような眠りがかろうじて時計盤の十二の文字に引っかかって、長針が頂点へ達するのを妨げている。

7.

不気味なまでの静寂が鼓膜を突き刺して眠りを吸い取っていった。妙だ、と思う気持ちとあたたかなまどろみの中に浸っていたい気持ちが拮抗するなかで時計を見上げる。ほとんど八時、ほんのちょっとだけまだ七時。時間の境界線を一足とびに踏み越えて窓の外に耳を澄ます。
静かだ。なにか胸騒ぎがする。
いつもならもう少し早く目が覚める。空気を振動させて、鈍い音が眼前を横切っていくからだ。七時五十七分。うんざりとした幾千もの顔を窓に張り付けた通勤電車。だが、それが今日は聞こえないようだ。電車が遅延しているのだろうか?

8.

寝ぼけ眼にはほとんど八時に見えた時計だったが、よく見ればそれは九時を指していた。

9.

頬が冷たかった。ゆっくりと顔をあげて、べっとりと涎が付いていることに気づく。どうして二度寝と言うのはこんなにも気持ちがいいのか、誰か解明すべきだ。そして起きねばならない時に限って寝坊する理由も。八時――正確にいえば七時五十七分だが――じゃないか!

10.

夢だった。ひどく幸せになる、瑣末な日常の夢だった。夢らしく足は前に進まず、手に取りたいものは指先を逃れ、だというのにひどく幸せな気分に浸ることができる夢だった。まだそれが髪の毛の間に絡まっているから、重力に逆らうことができない。起き上がれない。起きたくない。夢でない日常は、退屈で時々胸をつくような悲しみをつきつけてくるから。
手のひらでしつこく頬を撫でて、見慣れた壁の上に視線を滑らせる。薄明がカーテンの隙間から漏れてカーテンレールの影を壁に描いている。そのちょうど先っぽに、突き刺さるようにそれがいる。音も立てずに、無慈悲な現実をつきつけるそれ――時計だ。二分以内に怠惰をぴっちりとたたみ、今日を生き抜く準備をせねばならない。