ぼくは黙っている。聞こえないふりをする。
辞めていく人間が残る人間に、環境の悪さを愚痴っている。冴えない人ばかりだと歪んだ笑みを浮かべる。僕は黙っている。
彼女も、彼女のいないところでは同じことを言われているのだと僕は知っている。そのことばも僕は黙って聞いてきた。辛らつなことば、欠点をあげつらう悪意のこもったそれ。
彼らにとって彼女は仲間ではない。彼女にとっても同じだ。
では僕は? 僕は彼らにとって半分くらいは仲間だ。でも半分くらいは違う。きっと彼女から見てもそうだろう。僕は誰の仲間でもない。


深夜、振り込みを忘れた電気料金の請求書を発見してコンビニに走った僕は、コンビニの出入り口のところで若い男女の集団とすれ違う。きっと酔っ払っているのだろう、大きな声を上げ、横いっぱいに広がっている彼らに僕は黙って道を譲る。
その中の一人が通り過ぎた後でぼそりと、だが酔っ払っているせいで十分に僕に届く声で「なにあれ、きもい」という。
彼らにとって僕は異質だ。きっと疲れた顔もしているだろうし、会社から帰ってきていい加減な私服を身につけていることも確かだ。僕は傷つくことも面倒になって少し笑う。あぁ、そういえば、彼女もなんどもきもい、と繰り返していたなぁと思い返す。そこにいる人々を、自分の思うとおりの行動はしない人々を、たった一言で片付ける彼ら。異質であるということを示すために、彼らが持っていることばはたった一つしかなく、そして永遠に異質な側を理解しようとはしない。切り棄てるだけだ。


僕は親切ではないし、聖人君子でもないので、彼女が愚痴を言い始めるといつも心の中でそれをあげつらっていた。合コンってやだよねぇ、そうだねぇ、だって知り合い連れてったらもうちょっとましな子いなかったの? っていわれるし。終始仏頂面してる人たちとそれにどうしていいかわかんなくて内輪で盛り上がる人たちと、その間を取り持つのは結構疲れるんだよね、しかもつまんなさそうな顔を目の前にぶら下げている相手におごってあげなきゃいけないんだもんねぇ、むしろ金くれだろうねぇ、あの人らからしたら。本当にいやだねぇ。

彼女は切り棄てて、そして去って行く。ただ文句を言うだけだ。寄り添うこともなく、理解しようと努めることもなく、ただ切り棄てて去って行く。彼女になぜ、みな笑顔を向けないのか、飲みに行こうよと誘わないのか、きっと理解しないまま、自分が一番居心地のよい場所に納まるのだろう。きっと彼女が僕と出会ったこと自体間違いだったし、不幸だったのだ。僕はなにも言わない。いわなくていい。ただ、お互いに傷つけあうだけなら、僕が一人で受け止めている方がきっと少しはましなのだ。