だめなんです、と彼女は言った。これはあの人に見せちゃだめなんです、見せたら怒り狂うから、そうに決まっているから。
そんなことはないよというのは簡単だけれど、私はいわなかった。私はその恐怖の源泉を知っていて、違うとは思えないだけの痛みを知っていた。そういう人々を別なところに立つ人々は異常だといい、まるで人ではないかのようにいうことがある。でも確かに恐怖は存在し、決して拭い去れないのだった。
ほとんど普通の人のように振舞っていても、かかとにはまだ怯える子どもがしがみついている。時々その子供は私達を暗闇の中に引きずり込んで襲いかかりうる恐怖から守ってくれる。
まさかとは思うんですけどね、でもだめなんですよ、だめだって分かるんです。わかるんですよ。私は無言で頷いて、そうっと視線を上げた。私の顔色を読むようにせわしなく動いている黒瞳が少し悲しかった。