三十五日目、電話がなった。君からだ。
 りん、と澄んだ音を立てて空気が震える。水が毀れる時のような繊細な音はたった一度だけ鳴り、そして静かになる。その音が、君が私に生きていることを知らせるたった一つの方法なのだと、私は知っている。
 ベッドの中でからだの力を抜いて、私はその音を聞く。長くなってきた髪の毛が、私の二の腕をこぼれおちている。夜がふけ、人々が眠りにつこうとする時間になると、きまってその音は聞こえる。音が聞こえるたびに、私の心臓はかすかな音を立てて共鳴する。電話がなりはじめた瞬間に走っていって、受話器を取りたいという衝動が体をとらえる。
 でも、取ってはいけない。
 君の声を聞いてはいけない。
 その瞬間に、私と君との間をつなぐこのささやかな抵抗は終わりを告げると、私たちは知っている。私は目を閉じて、君のことをおもう。
 ただ、君を、おもう。