スケッチ1

 雨、だった。
 いつの間に降りだしたのだろう。ふと窓から外を見ると、白い線が空気を粉々に砕いていた。はじめ、僕はそれが雨だとは思わなかった。図書館の中はひっそりとした静けさに満ちており、しかも僕は耳の中にイヤホンを押し込んでいたから、音が聞こえなかったのだ。やがて僕は、コンクリートの縁から垂れるしずくに気づき、ようやく篠突くような雨が降っているのだとわかった。
 桜の木から滑り落ちる雨は表面を流れ落ちるより飛び降りたほうが早いと心得ているのか、途中から滝のように流れ落ちている。エントランスの雨除けの下には出かけようとした人々が足を止め、困惑した顔で空を仰いでいる。
 少年が一人、走っていた。突然の雨から逃げ遅れたのだろう。白く烟るアスファルトの上を走ってくる彼はすっかりずぶ濡れになっているが、妙に表情は楽しそうだ。安っぽい青みがかった白いシャツは雨に濡れたせいでぺたりと肌に張り付き、少年の尖った背骨がその下から突き出しているのが見える。しなやかな体はすぐに雨除けの下にたどり着き、僕の視界からは消えた。
 腕の中にある二冊の本を抱え直して、僕は窓にそっと近づいた。窓際には背の低い本棚があり、ぎっしりと文庫本がつまりにぎやかだった。
 雨は垂直に落ちているらしい。全くの無風の中、ただ雲が雨をこぼしているだけなのだ。夕立というのはまだ少し時間が早いが、盛夏であればこんな驟雨がやってくることも珍しくはない。問題は、どうやって家に帰るか、だけだった。