夜明けを思う

 朝に気づいたのは、鼻の頭が凍りついていたからだった。
 2003年の冬の終わり、僕は古い四畳半のアパートに住んでいた。暖房はなく、冷房もなく、換気扇もない、ガスコンロが唐突においてあるだけの嘘みたいなキッチンで、僕は毎日料理をした。風呂はなくトイレは共同で、夜になると洗面器を抱えて銭湯に走る。嘘みたいな生活。僕はそう思った。まるで歌謡曲だ。その生活はそんなに悪くなかった。もう少しお金に余裕があれば。
 できるだけ体温を維持するために45度の銭湯の湯にのぼせる寸前まで浸かり、北風の中を走って戻ってくる。手足はまだ生きている。血が通い、自分の意志で動かせる。それから僕はできるだけその暖かさを忘れないために布団に飛び込み、ぎゅっと目を閉じる。凍死しないために体力を回復させねばならない。
 冬の夜は長い。でも僕には短い夜だ。体温が維持できるのはせいぜい四時間半、十一時半に追い出されるように銭湯から戻ってきてすぐさま布団に入っても、明け方に鼻の頭が凍って目が覚めてしまう。僕はもぞもぞと布団の中で体を丸め顔を温めようとする。今度は首筋が凍り、体の全体が冷える。
 嘘みたいな生活。僕はそう思った。現代の東京のどまんなかで、部屋の中で凍死するなんて、嘘だとしか思えない。それも大学生が。毎朝そんなことを思って五時になると我慢できずに布団を上げ、こたつをしく。ままごとみたいなキッチンで湯を沸かし、コーヒーを飲む。牛乳は高いので入れられない。色が付いているだけの薄い、薄いコーヒーを名残惜みながらちびりちびりと飲む。
 すりガラスの向こうに変わっていく橙色の空を今でも覚えている。あの橙は生命の色だった。その色が見えれば僕はこれからの一日を凍りづけにならなくても良かった。次の夜を走り抜けるために、つかの間の日差しの中で体を温めることができるのだった。僕は夏を待ち焦がれ、白い息を吐きながら手をすりあわせているほかなかったのだった。