美醜に関して言及されたくない。でもされたい。されることによって気持ち悪さを覚え、そしてまだ自分は自分であるということを確認したいという倒錯的なそれ。欲望されたくない。だが欲望されたい。あなたには欲望されたい。でもしてほしくない。
幼児の頃に妹を連れていると必ず露出狂が現れた。彼らが欲望していた対象はおそらく僕ではなく妹だっただろう。僕はいつも無言で妹の手を引き家に帰った。思春期を迎えることになってその欲望の対象は僕にも向いたけれど、僕はその欲望の見ている先が僕ではなく「女」というかたちであることがわかっていた。だから気持ちが悪かった。彼らが欲情しているのは僕ではなく女の容をした入れ物でありそれ以外の何物でもなかった。僕がどんなに男の子のような格好をしても醜くてもあかぬけなくてもぼくが女であることに変わりはなく、彼らは欲情し続けた。僕は男性性を軽蔑し、女とみられないことを願い、女性性器を忌み、しかし自分が女であることを思い知り、そして直接的に欲望される対象ではなくその行く先のない欲望を向けられる対象として自分の容があることに対して絶望した。
あのころ、僕は男の子だった。服装も女性性の排除のしかたも男性になろうとしている行為そのものだった。友人に胸が大きいことをうらやましがられ猫背になった癖はいまだに治らない。恋人に言うほど胸が小さくないといわれると嫌悪感さえ覚える。胸などなくなってしまえばいいのだ、と。理系を選択したのは単にそちらに興味があったからではあるけれども、ファッションを軽視し、外見を調えることに無頓着であったのは女性性を排除したかったからだろう。醜く肥り、それでいいと思っていた。だがそれゆえにただの女性性の入れ物として消費されていく自分を知り僕は恐怖した。高校三年生、ちょうど十七歳の夏に僕はその恐怖を乗り越えるべく摂取カロリーを非常に押さえて痩せることに成功したが、結果は入れ物として消費されるわけではなく直接的に消費されるようになっただけだった。どちらにしても変わりはなかった。ただ僕の自己満足の度合いが変化しただけだった。
今の僕はこの欲情される対象から外されることを望むだけである。どういうわけか四半世紀を生きてしまった僕は、きっと死にたいとつぶやきながらこのまま生き続けていくだろうけれども、できるものなら早く欲情される対象から除外されたいと願ってやまない。僕は女になりたい。だが女にはなりたくない。この如何ともし難い感情を抱えていることが正直しんどい。

 そして、奥歯のことを考え始めた。貰ったメールを読んだりした。悲しみと同時に怒りの感情が湧いてきた。なにも遺された家族や恋人の無念を越えてまで、自ら死を選ぶことはなかったんじゃないか。まったく、最後まで甘かったやつだった

おうちに帰れば大丈夫、お母さんやお父さんのところに行けば大丈夫だなんて、ちっとも思ったことがない。森茉莉矢川澄子に見られる「父」への思慕を私は持たずにいる。
私の知ることができない遠くを見すえている誰か、私を私自身よりも深く知っている誰かに会うことはないだろうと思っていた。家庭の中でとか、会社の中でとか、周りの状況の中で色々なことをする人はいるが、世界の中で進み、探し求め、知り、得て、何かを造る偉大な人に会うことはないのだろうと思っていた。


あなたが話をしていてもそわそわと落ち着きなくなったことはかなしい。それがあなたがどう思っているかということにはつながらないし、単に僕が好意を寄せていることに関してあなたが困惑しているだけなのかもしれないと思いつつも、あなたが僕に光をなげかけ道を示してくれたことだけは事実なのだと。僕は信じている。その一言を。その一挙手一投足を。その笑顔を。困惑した顔を。つぶやきを。僕には向けないでほしい。でも僕にだけ向けてほしい。