彼女はどうして歓送迎会に来ないんだろう、と彼らは不思議そうに言う。一応歓送迎会ぐらいは顔を出すべきだよね、社会人としてと少し年上の人が言う。そして彼らは僕に言う。何かあるのかな、聞いてる?ただ性別が同じという以外、彼女とは全く共通点のない僕は黙って首を振る。さぁ、どうなんでしょうね。前、おじさんたちの相手しなきゃいけないのがしんどいって言ってましたけど。彼らは納得したようなそうではないような顔をする。それってそんなに嫌かなあ。

僕は彼女の潔癖さを思う。自動的に一番偉い人の隣の席をあてがわれて話を聞かなければならない役目を、ただ性別がそうであるというだけで負わされる痛みに僕はもう慣れてしまった。だから、彼女の痛々しいまでの潔癖さを思うことしかできない。彼女ならきっと怒るだろう言葉を僕は笑って流し、流せなかったら胸の内にため込んでときどき信頼のおける人たちに話したりする。彼女のようにすべてを拒否することが僕は出来ない。きっぱりとした潔癖さを僕は持たない。

ここの部署の人たち気持ち悪いとか感じ悪いとか、男ばっかりで疲れる、という彼女の言葉ですらも僕は笑って受け流すだけだ。否定もせず肯定もせず、僕は受け流すことしかできない。僕もそのメンバーの一員であるという事実を彼女はわからないのだろうかと僕は思う。彼らは僕の飼い主ではない。えさを与え養ってくれるわけではない。だから僕は愛想をふりまかないし、性別で求められる役割を提供しない。僕がここにいるのは単なるめぐり合わせで、彼らが望んだわけではないから、僕が彼らのことを嫌だと思えばいつでも席はなくなってほかの人に与えられるだろう。それは彼らとて同じだ。だから彼らと僕は、個人的な不快感はその不快感を与えた相手にだけ帰属するものだという意識を暗黙のうちに共有していて、不用意にその対象を拡大しないように注意を払っている。その意識を共有できる人々がいるというだけで、僕の世界は平穏が満ちることを彼女は知らない。脆弱で曖昧なルールの上にかろうじて平穏が成り立っていることを彼女は意識しない。彼女にその前を歩いてきた人々の戦いは目に入らない。彼女はただ単純に潔癖でそして、無邪気で、かたくまっすぐな折れることを知らない正義を持っているだけなのだ。その正義はまっとうであり、微塵足りとも間違ってはいない。少なくとも彼女の世界の中では。

やーでもキャバ嬢みたいな扱いされたって怒ってましたよ、そりゃ怒ると思いますけど、といろいろな言葉を飲み込んで僕はようやく口にする。彼らはあぁとやっぱり納得したようなそうではないような顔をする。そうかぁ、そうのってやっぱ許せないのかね。でも斧田さんの方がよっぽど、よっぽどな時もあるよね。さすがにあれはないんじゃないかと思ったわ。さざめく笑いに言葉の主の機転の利いた返しを思い出して、僕は苦笑する。まー、そういう扱いするなら金払えよって普通は思うんじゃないですかねぇ。部長さんの場合はあれですね。若い女の子相手のプロトコルがそれしかないからまーしょーがねーかーっていう。なにそれ、と誰かが言う。じゃぁそれ以外のプロトコルを持ってる人だったら斧田さんも怒るの?意外そうな顔。僕はなぜそんな顔をされるのかわからなくて少しどきどきする。でも多分それは顔に出ていないだろう。僕は当たり前のような顔をして一口、お酒を飲む。
当たり前じゃないですか。嫌がらせであぁいうこと言われたら怒りますよ。っていうか言う人いるんですけど。あぁもうほんとあの人と話してるとげっそりしてくるっていうかもーあわねーなーあー。あの人、が誰を指しているのかわかってる人たちはどっと笑う。僕は疲れて壁に背を預ける。