大人はカッコいい

せんせーと彼女たちは鉛筆で乱雑な文字を生成しながら言った。彼女たちは僕の初めての生徒だった。小学四年生の彼女たちは小さくてまだ手先が不器用だ。妙に大人びたことを言ったり、かと思えば苦笑するほど世界が狭かったりして、ひどくアンバランスだった。非常に頭の回転が速い女の子と、少しおっとりした礼儀正しい女の子。二人は幼なじみで、保育園のころの話から何もかも僕に教えてくれる。
せんせー今何歳?僕はハタチ、と答える。彼女たちは一瞬首をかしげてハタチ?と繰り返してから、二十歳か!とびっくりしたように言った。私ねー来週10歳になるよ、と得意げに彼女のうちのひとりが言う。僕はぎょっとしてえ?と聞き返す。10歳?半分じゃない!わぁほんとだ!と彼女は声を上げる。
せんせーすごいね、だってさぁふたけたになるんだよ、年。
何がすごいのか、と思っていた僕はふたけたの一言に会得して、そうだねぇ桁増えるもんねぇと答えた。まだしばらくは9歳のひとりがずるいなぁと口を尖らせる。ずるくないよ、と僕は答える。ずるいよ、と彼女はふてくされて言う。僕は10歳にもうすぐなる女の子のプリントに赤線を引いてここ間違えてるからもう一度ゆっくり考えな、と言って、9歳の女の子に向き合う。9歳の女の子はとても頭の回転が早く、賢い。少し負けず嫌いで、でも明るく朗らかで人懐っこい子だ。賢いと思う一面は少なからず覗く一方で、小学四年生らしく集中力が一時間ちょっとしか持たない。なんで僕を指名したのか(その塾は生徒が教師を指名する制度の個人指導塾だった)と軽く聞いたら、ひどく率直にだって先生の話分かりやすいもん、それにせんせーきれいだし。と少し照れたように言った。そういえば子供の頃は二十歳くらいのお姉さんたちはみんなきれいに見えたなぁなんてことを思いながら僕も照れてありがとうといったことを今でも覚えている。
あたしもはやく二桁になりたい、と彼女は不服そうに言った。僕はちょっと笑って、でも良く考えて見なよ、二桁の年って10歳から99歳までずっとだよ?一桁の年って0歳から9歳までなんだよ。なんかレアじゃない?
あーそうかーと彼女は鉛筆を不器用にくるくる回しながら少し考えるような仕草をした。そしてうーうん、でも、やっぱり、と僕を見る。二桁の方がいい。あたしも早く二十歳くらいになりたい。だってなんかかっこいいもん。
僕は思わず笑顔になって、私もね、といった。早く30歳とかになりたい。だってカッコよさそうなんだもん。

彼女が今でも年を取ることをカッコいいと思っていてくれたらと僕は時々思ったりする。