読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読んだ本の冊数なんぞ覚えちゃないし、人生なんか変わらない。けれども僕は本を読むんだよ。

というわけであんまりおすすめされているのを見たことがない本をおすすめしていきたいと思います。

チベット医学のエッセイ本

チベットブータンミャンマー、インド、ネパール、そのあたりの山岳地帯には言葉にしがたい不思議な魅力がある。世界最高峰の山々が連なるヒマラヤ山脈もそうだが、チベット仏教だったり独特の文化だったり遊牧民だったり、探せば情報はあるがなかなか身近なものとして感じられない世界が広がっているせいだろうか。
表題の通り、日本でたったひとりのチベット医になった小川さんの著作だが、まずチベット医とは? チベット医になるのは大変なのか? チベット医学ってどんなことをするの? 平安時代みたいに経を唱えて祈るだけ? みたいな疑問がぶわっと湧き上がると思う。実際には経験則で薬草を乾燥させたり煎じたり、あとは脈をとって話を聞いたり(セラピー的なもんなんですかね)するらしく、前近代の薬師に近い存在のようだ。
僕は薬師のことが知りたくてこの本に行き当たったが、エッセイとしても、文化紹介としても非常に面白い。あんまり構えずに読みたい、しかし唯一無二の本である。

ブンガク

芥川龍之介 秋
芥川龍之介 片恋

ジャブジャブという感じでとりあえず芥川龍之介。有名なのは王朝物や児童文学のほうだが、個人的にはこの二作が好きだ。
夏目漱石が書き出しとつかみの天才なら、芥川は物語の締め方の妙を楽しむ作家だと思っている。有名な羅生門の「下人の行方は、誰も知らない。」というしめは誰もがかけるものではない。普通、そのひとつ前の文「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。」で終わらせるだろう。秋もそんなふうに終わり方が素晴らしい短編だ。片恋はちょっと趣が違って江戸っ子って面白いなーと軽く楽しむ一編である。そりゃひしゃげちゃってたら悲しいわな。

中国文学

河・岸 (エクス・リブリス)

河・岸 (エクス・リブリス)

蘇童はさんざんおすすめしているので今更かもしれないが、とにかく彼の繊細な描写力は他に類を見ない。まるで体の細胞一つ一つが意思を持っているようなそんな書き方をするところが特徴的だ。訳者の飯塚容さんの訳もすばらしい。

行って帰ってきて、ぼくの背中は空っぽになった。少女がもたらした温かさは消えていた。背中はまだ惰性で曲がったまま、目に見えない小さくて柔らかな体を支えている。ぼくの背中は下品だった。異常なほど下品だ。別れてわずか二分足らずで、ぼくの背中はもう少女を懐かしんでいた。

蘇童自身は紅白粉などの有名作品(チャン・イーモウが映画化した)もある、中国では超有名作家である。莫言より少し年下で余華と同世代の六十后の中心的な作家だろう。幼少期に文化大革命時代を過ごしたこのあたりの世代の中国人小説家は本当にすごいものを書く。

碧奴―涙の女 (新・世界の神話)

碧奴―涙の女 (新・世界の神話)

髪の毛で泣くという奇想天外な設定(中国の説話がもとらしい)のこの本も僕は好きだ。紅白粉とかはあまり趣味ではない。

兄弟 上 《文革篇》

兄弟 上 《文革篇》

ついでなので紹介しておくがエンターテイメントに振り切った余華もハマるところにハマれば面白い。特に兄弟の上巻は白眉。文化が違っても人間の根底にあるものはそれほど変わらないんだなと思わせられる。
あと時々ネットで間違った認識の人を見かけるが、中国政府は文化大革命は失敗だったとみとめており、兄弟の上巻のように情緒たっぷりに悲劇を書くのは認められている。認められていないのは天安門事件を含めた民主化運動であってさすがの余華もそれは避けて通っているようだ。だから兄弟の上巻は傑作だったが、兄弟の下巻は下品で下世話で混沌としてしまったのだと思う。
ちなみに天安門事件あたりの中国の雰囲気を知りたければ、天安門事件が原因で本国に帰れなくなった中国人作家、哈金の「自由生活」を読むといい。中国文学とはちょっと雰囲気が違うが、軽妙さは中国文学らしさを残している。まぁすごく面白いわけではないですが。
自由生活 上

自由生活 上


山の郵便配達 (集英社文庫)

山の郵便配達 (集英社文庫)

日本に友好的だった頃の中国が描かれている。割と日本文学に近く、くわえて描写が素晴らしい。映画がいいのよねぇ、これ。

児童文学

児童文学の作家だが、「好きな人ができた日に読む本」に収録されている「電話がなっている」が白眉。ちょっと大人な児童文学だ。ちなみに表題にもなっているセカンド・ショットもなかなか理不尽でいいが、その他はあんまり好きじゃない。この人は時々爆弾を落とすから困る。

日本語について、文学について

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

有名だがどうしても紹介したかった。この本の内容はいろんなところで語り尽くされているだろうので僕は今さらは書かない。けれども特に前半、プログラム参加中のエッセイは、どうしたらこんなエッセイがかけるのだろうかと思った。作中のモンゴル人も、中国語では出版できない短編を書く小説家(誰かはちょっと分からないがもうひとりの田舎の兄ちゃんはおそらく余華だ)が痛いくらい胸に残る。特にひっそりと小説を残していった中国人作家の思いを考えるとね…どこかで英語でいいから読めないのかしら。名前がわかるといいんだが。

語学本

中級フランス語 よみとく文法

中級フランス語 よみとく文法

ためになる語学本である。フランス語なんて趣味か仕事でよっぽど必要じゃなきゃ不要でしょ、と思うなかれ。特に最初の冠詞の話は英語に通じる部分があり、なるほどそんなノリで使えばいいのかと納得する。フランス語を学べば英語もできるようになる(なぜなら英語のほうが簡単だから)。

TOEFL Grammar Workbook 4E (Academic Test Preparation Series)

TOEFL Grammar Workbook 4E (Academic Test Preparation Series)

英語力を1レベルからそれ以上アップさせるための文法本。この文法本をよむとなるほどそういうことだったのかと目から鱗がぽろぽろ落ちる。あ、全部英語なんである程度英語ができないと読めません。

物理

熱力学―現代的な視点から (新物理学シリーズ)

熱力学―現代的な視点から (新物理学シリーズ)

熱力学の革命的な本。田崎先生はほんとうにわかりやすく物理を語ってくれるのだが、本でもそれは同じだ。熱力学にはバイブル的な伝説の書「フェルミの熱力学」もあるのだが、僕はこっちのほうが分かりやすかったです。アマゾンのレビューにもある通り、なんか雑然として結局事象を観察するしかないんでしょ? と思えがちな熱力学にもちゃんと芯の通った理論があることがわかる、そんな一冊です。

数学

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~

物理なんか知らねぇよという人のために数学の本もおすすめしてみよう。数学の入り口に立ちたいなら絶対に触れておきたい整数論。シンプルだからこそ難しいこの分野を高校数学(ヘタすれば中学生でも大丈夫かも)までの知識で読めるようにした本だ。ちなみに高校数学がわかんなくても、数学は苦手でも、奇数章だけよんで数学者たちの歴史に思いを馳せてもよし。数学の本はいろいろ出ていますが、数学をよく知っている人にも、全然わかんない人にもアプローチできる本はあんまり多くないのです。この本はできる方です。

位相への30講 (数学30講シリーズ)

位相への30講 (数学30講シリーズ)

数学をちょっと文学的に語りたくなったらこれもいいかもね。

SF

ちょっと毛色をかえてSFです。SFとはいっても宇宙とか出てこないのでおすすめするにはちょうどいいかも、な本。ちょうどいいかもといっても気づいたら明け方になっているタイプの本で、もしかすると時間転送装置が内蔵されているのかもしれない。
大森望さんの訳が自然なのもとてもいい。出てくるキャラクターがわりと典型的な造形だったり、その世界はずいぶん五分経つのが速いんだなという引っ掛かりがあったりはしますが、張り巡らされた伏線と引き込まれるストーリーテリング力は他に類をみないだろう。SFの傑作はいろいろあるけれども、十年に一度の傑作といわれるだけのことはある。

わが愛しき娘たちよ (ハヤカワ文庫SF)

わが愛しき娘たちよ (ハヤカワ文庫SF)

個人的にはコニーウィルスはこっちの短編も好きですが、これは訳文がねぇ…。「わが愛しき娘たちよ」を新訳で読みたい。

ソフトウェア開発

レガシーコード改善ガイド

レガシーコード改善ガイド

アジャイルは死んだとか、ウォーターフォールはダメだとか、これからはDevOpsだとかいろいろと騒がしいソフトウェア開発業界ですが(いつものことなのであまり気にしなくていい)、テストを書くのだけはいつでも始められる。たった一人でも始められる。どんなプロセスでも、テストだけはかける。テストをかいて品質を改善させよう。シンプルなメッセージだが熱い。ソフトウェア開発に関わるなら必携の書。

そしてふたたび、文学

中島敦 山月記
誰がなんと言おうと僕は山月記が好きだし、いままでも、そしてこれからも山月記は僕のベースであり続けるだろう。無駄のない展開、無駄のない文章、丹精で注意深く選ばれた一つ一つのことば。単なる才能だけでは山月記のような作品は書けない。一つの作品を仕上げる執念じみた努力の日々に頭を下げたい。
山月記は有名だけど「弟子」も好きです。「弟子」はちょっと隙があってそれもいい。