弁当の話をする。自席で自分で作ってきた弁当を食べるのは事務のひとと僕と彼くらいなもので、そのうちお昼まで冷蔵庫にお弁当を入れているのは彼と僕しかいない。だから会話をするのは自然とお弁当の話になる。

彼は、お弁当を温めなくてもよいのかと僕に聞いた。僕はいや別に、と短く答えた。僕はそのとき、お弁当の中身が混ざり合っていないかの方が気になっていたから、そういう無愛想な答えしか返せなかった。彼は少し意外そうな顔をして、何を持ってきているのかと重ねてきいた。まだ弁当の中身を確認しようとしていた僕は漬物ですと答えた。それから「あ、あと煮物」と付け加えた。彼は笑った。僕は口を尖らせてそんな彼の顔を見上げた。彼はさらにご飯は?とたずねた。ご飯は持ってきてないです、あんまり炊かないからと僕は答えた。冷凍したご飯はおいしくなくて好きじゃないんです。もうお弁当の中身は確認した後だったからすらすらと僕はしゃべった。

彼は不思議そうにそうなの?と言うから僕は、もしかして炊飯器で炊いてます?ときいた。彼はなんの話を始めたのかという顔をしつつも、うんと頷いた。
その無骨そうな、不器用そうな手のひらがお米を洗っているところを想像する。日のあたる部屋で、湯気の上がる炊飯器を開け、少し緩んだ口元を想像する。さぞかし、彼のことだから、うれしそうに一人でたきたてのご飯をちょっとだけつまむんだろうと思ったら、少しだけおかしかった。僕はそのきもちをそうっと心の中にしまいこんで言葉を続けた。

私圧力鍋で炊くんですよ、あ、うちに炊飯器なくて、でも一合だけ炊くのって難しくて、なべでかいんですよね、加減が難しい。それに冷凍するとまずくなっちゃうし。
彼はすこし圧力鍋に心を惹かれたようでそうなの?と再び言った。圧力鍋って、芯とかのこったりしないの?あ、圧力鍋か、あのしゅるしゅるするやつか。
淡々といつもの抑揚のない口調で、そこまで言って何か心得たように説明モードに姿勢が切り替わる。それがわかる。瞳の奥のほうが優しく、きらりと光る。
おれは。彼は言った。日曜とかにがっつり5,6合炊いてさ、冷凍してるよ。熱いうちにタッパーに入れて、覚ましてから冷凍庫に入れて。それでだいたいおれだと3日くらいはもつ。別にそんなにまずくないよ。自分だったら一週間くらい?はもつんじゃない?
そうなのかーと僕は言った。広いキッチンのすみのほうで彼をまつ、小さな炊飯器をイメージする。彼のようにそっけなくて、でも確実に仕事をするやつなんだろう。
確かに炊き立てでも別にそんなにおいしくはないけど。なんていうかこう、そう、味の下がり方が緩やかって言うか。
僕のうつ相槌に、律儀に頷きながら彼は言葉を付け加えた。そうなんですよね、と僕は言った。圧力鍋で炊いたご飯って炊きたてはすごくおいしいんです。でも冷蔵したらすごく味が落ちて、冷凍すると本当にまずい。硬さを調整して炊いてみたりもしたし、麦を混ぜたりもしたけど、だめだったんですよね。やっぱり炊飯器買うしかないのか…。
彼は彼特有の笑い方でへ、と声を出した。僕の足りない言葉を口に出さなくても彼は補ってくれることを僕は知っているけど、それでも口に出した。
かいたくねーまた部屋が狭くなる…。
彼はもう一回笑って、うち、キッチン広いからと自慢げに言った。僕は口を尖らせてじゃぁ圧力鍋を買うべきですと答えた。彼がもう一度笑ったのをみて、僕は満足した。


君と僕の会話は時々予定調和で、時々予定調和ではない。お互いに言わなくても相手の足りない部分は補えるのに、彼はひとつずつきちんと補う。僕は補わずに彼の言葉のうえに次の会話を足す。僕と彼の小さくて大きな違い。彼の優しさと慎重さの表れ。