女になりきれない

彼は、バーゲン始まったのに行くの忘れちゃったよ!と僕に向かって言った。僕は一瞬何のことかわからなくてえ?と聞いた。え?と彼が逆に不思議そうな顔をする。
あれ、バーゲンとか行かないの?あぁ…あんまり興味ないです。人ごみ苦手だし。そうなんだ。もうそういう時期なんですね。だいたい昨日ぐらいからどこも始まったんじゃないかなぁ。
僕は彼の突然話しかけてくるところがとても苦手だし、僕に対して女らしい行動をするものだという前提でもって話を振るところがとても嫌いだ。
まぁ確かに。そういって彼は僕の頭のてっぺんからつま先までさっと視線を滑らせる。興味なさそうだもんね。ないっていうかおしゃれな店怖い。
何だそれ、と彼は笑った。会話が聞こえていたのかそばにいた人も笑う。僕は少し口をとがらせる。
怖いじゃないですか。適当な格好していくと店員さんにうわーこいつやっベーみたいな目で見られるんですよ。ほんと怖い。
そんなことないでしょうと彼は言う。いやいやと僕は首を振る。店員さんが話しかけてきたら逃げちゃいます。怖い。ほんと怖い。ちょう怖い。生きててすいませんって感じ。彼が微妙な顔で笑う。僕は心の中で言葉を付け足す。
でも本当に怖いのは、店員さんより客なんだ。あぁいう店には女の人が「女」になるために、衣装を買いにきている。みんな「女」であるために頑張っている。だから僕みたいにあんまり頑張ってないのがそこに紛れ込むとたまに憎悪の対象みたいに僕を見る人がいる。着飾ることをせず生きている女は、「女」のフリーライダーだから憎まれるんだ。努力もせずでも「女」の一部としてその扱いを受ける女は嫌悪されるんだ。僕は時々言われる。女らしくしなくても社会から排除されないなんて、排除されないという自信を持っているなんて、どんだけ自信があるんだって、憎々しそうに言われる。だからそういう目で見られることを知っている。実際は「女」を演じる自信がないだけなのに、演じなかったら、演じる必要がないんだと思ってるって周りには看做されるんだ。演じることに疲れてる人たちは、演じない人たちを何さまなんだと思っている。見下したり、憎々しく思ったりしている。だから僕はバーゲンの時の服屋が怖いんだ。だってあそこは楽屋裏なんだもの。僕にとっては舞台に近いけど、でもきれいに何もかも取り繕って雑味を消し去ったきれいなだけの舞台とは違うんだ。
だから僕はあまり人のいないときにいくんだ。店員さんはやっベーこいつとおもってもお客さんだと思えばやさしくしてくれる。僕はお金を落とすことができるようになったから、店員さんは優しくしてくれることを知っている。これは僕の自意識過剰や被害者意識によるゆがんだ世界かもしれないけど、僕にはそう見えるし、僕にそう見えてしまう以上僕にとっては怖い場所であることに変わりはないんだ。

話を聞いていたらしい部長さんが口をはさむ。そりゃぁねぇ、斧田さんは秋葉原の高架下みたいなところが好きなんだもん。しょうがないよ。対極じゃない。まぁでもちょっとはかわいらしいかっこうしたら?なんだっけ。あれ。えーけーびー?入れるんじゃない?
もう!と僕は言う。入れるわけないじゃないですか!