僕はふくれっ面で頬杖をつく。そっぽを向いて言葉を拒否する。ざわめきがさざ波のように広がる夜の中で僕は不機嫌になる。でも言葉を拒否する僕は、その不快感をことばにできない。そういう日々が続いて僕の境界があいまいになる。正気が揺らいで頭痛が増すと、僕はしばしば境界線を踏みあやまるのだ。
あの時、僕は言えなかった。あなたの意にそまないものを変だとかおかしいというのはやめて。あなたが知らないだけじゃない、狭い世界以外見たことがないだけじゃない。だからおかしいと思う。異常だと思う。だけど、それを変と思わない世界もある。違うと思っても変だとは認識しない世界もある。あなた方だ知らないだけなのに、どうして合わせろというの?僕はあなたの世界を否定しない。でもあなたは僕の世界を拒否してあなたの世界に押し込めようとする。けして簡素でもなく、精緻でもなく、美しくもない世界に、あなたは染まれという。僕はあなたの定義した美しさを同じように美しいとは思わないかもしれないのに、あなたはあなたの定義しか認めないから、僕の美しさへの希求を踏みにじる。僕が手を伸ばす美しさを嘲笑う。ほしくないから放っておいて。お願いだから放っておいて。わざわざ僕が手にしようとするそれを美しくないと言い、それを認めさせようとするのはやめて。誰の心の中にも自分だけの美しさの定義があるんだから。
たとえそれを言葉として持っていたとしても、僕は言えなかっただろう。
各人の中に点在する美しさを結ぶ線は、時々しか現れない。でも時々はあらわれる。ため息をつくような静けさをもって美しさが立ちのぼってくるとき、僕はただ言葉を失ってそれを眺めることしかできない。ただ笑顔でそれに手を伸ばすことしかできない。