人のせいにしないで

牛蒡だ、牛蒡好きなんです、と言ったら彼は笑ってじゃぁこれ、と注文した。飲み足りないから付き合ってと言われた僕は全然飲み足りなくはなかったしおなかもいっぱいだったけれど、まぁいいかと思ってつきあうことにした。異動してきたばかりの彼が、周りの人たちの人となりをざっくばらんに知りたがっているのを察していたからだ。僕だって3か月前に異動してきたばっかりで、しかも今年の四月にグループ編成がかわったばかりだからあまりわからないですよ、と心の中で呟く。
なんでなんか真っ二つに分かれてるの?派閥?いいえそれは単にみんなが人見知りだからです。なんであの人感じ悪いの?単に他者がいないだけです。あの人のしゃべり方わかりにくくない?あの人おっきいところから小さいところへ話すんじゃなくて小さいところから大きいほうへ発散するしゃべり方をするから、本当にわかりにくくなるんですよね、どうにかしてほしい。アイス食べる?もちろんです。あ、やっぱり杏仁豆腐がいい。あの人って自分で考えるの苦手だって聞いたけどほんとう?むしろあの人が何も考えないで自分の言う通りやってくれる人を求めてるから、実際のところどうなのかはよくわかりません。
彼が期待していた以上に僕の回答は簡潔だったようで、答えるたびに彼は笑った。僕は別に面白いことを言ってるつもりはないのでそのたびになぜだろうと思った。短時間で二人とも焼酎のロックを二杯開け、牛蒡スナックと杏仁豆腐とそれから何かを食べてまた帰途に就いた。


朧月夜だった。僕はサーチライトに目を細めながら少しぼんやりとしていた。道を歩くとき、僕はどちらかというとぼんやりしている。彼がしゃべる。なんかここの部署って想像してた以上に変な人いっぱいいるんやね。僕は答える。そうですかね、確かにみんな個性豊かだけど変ではないですよ。そうかなぁ、なんかよくわからない人がいっぱいいる。
彼の頭の中のことを考える。彼はきっと不安なんだろう。パターン化できない集団がそこにあることがとても不安なんだろう。どういうことを言ったらどういう反応が返ってくるのか、彼にはきっとまだわからないんだろう。だから職場ではしばしば黙り込んでしまう。仕事が慣れないものだということもその不安に拍車をかけているのかもしれない。



でも、と僕は思う。僕もまだ、この会社に染まりきっているわけではないが、それにしてもうちの部署は会社に染まらないままというよりは大人社会に染まらないままの子供みたいな目をした大人がたくさんいるところだ。そういうものを得体がしれないとかよくわからないと思う人はきっといるんだろう。でも彼らは別に変なわけではない。ただ、少し、無邪気で純粋なだけだ。世渡りが下手で、不器用なだけだ。えらくシャイで、妙に優しいだけだ。その一人一人はパターン化できないことはないが、でも彼ら個人個人がおのおのの個性を抑制していないことは確かで、でもそれだけなのだ。少しも、まったく微塵たりとも、おかしなことではない。
お休みなさいと言ったあとは不気味なくらい静かだった。僕は息をつきながら天井を仰いだ。


変だなんて。あなたがまだ慣れてないだけじゃないか。その感覚を人のせいにしないでほしい。